さぽーと紡は、東日本大震災による原発事故で避難を余儀なくされた母親達が、繋がり続けたい思いで立ち上げた小さな任意団体です。2012年9月から、主に子どもたちの保養について取り組んできました。
普段の生活に「放射線」が出てきてから、福島県では今も毎日、天気予報と並べて放射線量も発表されているのが当たり前になりました。あの事故が起きるまでは放射線のことなど全くわかりませんでしたが、非日常だった出来事が日常になってしまった気がします。放射線への不安を抱える人たちの思いを聞きながら、夏にむけて京都での保養企画を続けてきました。また、避難者のお話を聞いていただく機会や、行政への要請、裁判などにも関わり、それが避難した家族の生活の一部になっていました。
2013年から2019年まで夏に京都で企画した保養「つむぎプロジェクト」を通し、東北から保養に来られた家族と出逢い、現地で暮らす苦しみ、避難した苦しみを互いに共有することができました。紡での独自の保養企画は、資金集めの難しさやニーズの変化もあり、2019年の夏をもって終了しました。しかし保養活動を続けてくれている団体は今も全国各地にあります。
2020年以降、世界的にコロナ感染症が拡大し、私たちは「緊急事態宣言(非常事態宣言)」を重ねて体験しました。
3.11から10年となる2021年には、一緒に活動している同士と共に本当に様々な出来事があったと振り返りながら、2022年まで避難者支援や被災地への支援等を行いました。
紡の活動は2023年の活動報告書をもって終了しました。ここまで継続できたのは助成や寄付、応援いただいた皆様のおかげです。活動は一区切りしますが、これまでの経験を糧に、また新たな場面で伝え続けていけたらと思っています。
支えてくださった皆様、応援いただき本当にありがとうございました。
2023年12月
さぽーと紡 齋藤 夕香
私達が芝生に思いっきり寝っ転がること、いたって普通のことですが、芝生は放射性物質を吸収しやすく、水が溜まりやすい場所や、湿気が多いところなども、高い数値が出ることがあります。物質自体、蒸発して消えてしまうことはありません。においもしないし何も感じないから、不安になったり安心したりします。子どもたちが心配だから保養に出したいという気持ちも、ずっと放射線を気にして生活していられないから考えないようにしたいという気持ちも、どちらも身を守るためであることに変わりはありません。 3.11以降は今まで感じたことのない心配をするようになりましたが、その中で私たちはどう生きるか問われていると思います。